日いづる処の美の日誌

光梅|美しいものを慈しむくらしの記録

BTSと出逢ってから見えるようになった景色|アラ還ARMYのBTS記録

私は、BTSは単なるK-POPアイドルだとは思っていない。
これまで積み重ねてきた経験や実績を見ても、7人それぞれが異なる魅力と才能を持つアーティストであり、歌やダンス、MV、ライブなどを通して生み出されるものは、一つひとつが芸術作品だと感じている。

ステージの上でのパフォーマンス。
それは、一瞬で終わる。
けれど、彼らの表情、眼差し、指先、歌、踊り、言葉――
その瞬間に放たれた光は、私の心の中に長く残り続ける。

このページでは、私がBTSの作品やライブに触れながら感じたことをまとめています。

※ 画像生成AIを活用してイメージを作成しました。

BTSとの出会い

BTS|今度はきっと会える——全落ちした私が東京ドームへ行った理由
BTSのファンになったきっかけは、職場の同僚に勧められたから。
そうして少しずつ、音楽を聴いたり、動画を見たり。
リアルバラエティ『Run BTS!』から、ハマってしまった。
やがて、7人は徴兵へ。

動画に慣れてしまった私。

東京ドームへ。
アバターではないことを確かめに。
チケットの抽選は落選でも、会いにいった。
これが、私とBTSとの始まりです。

BTSの作品に触れる

BTS『ARIRANG』アルバム感想|7本の光が降り立った日

2026年3月21日。
最新アルバム『ARIRANG』を手にした時の感動。
プロマイドの美しさ。
楽曲と歌詞。

私が受け取ったもの。

ソウルの光化門(クァンファムン)広場のパフォーマンス。
あの日の一日について語っています。

会いたいと願う

BTSライブ17回落選|全落ちした私が感じた「距離」と「畏れ」

東京ドームのチケットに17回応募し、すべて落選した記録。
その経験を通して見えてきたのは、私とBTSとの距離感。
手が届きそうで届かない存在。
タイトルにある「距離」と「畏れ」。
その正体について、自分なりに掘り下げてみたことを綴っています。

同じ時間を共有する

BTSライブビューイング一人参戦|アラ還の私が触れた、7人の愛と情熱

ライブビューイングに、アラ還一人で参加した。
見慣れた動画。
けれど、何かが違う。
スクリーン越しに、今、BTSと繋がっている。
不思議でもあり、感動でもあり。
心が震えた、シアターでの記録です。

ライブへ向かう準備

ライブ持ち物リスト|一人参加でも大人らしく、安心して楽しむための小さな備え

ライブやライブビューイングに参加するときに持参しているものをまとめました。
私なりのメッセージを添えて。

BTSを日常で楽しむ

BTS表紙雑誌まとめ2026|AERA・anan・Rolling Stone Japanの発売日・価格・予約情報一覧

2026年5月〜6月に発売のBTS表紙雑誌3冊をまとめました。
ライブを待ちながら、作品やインタビューに触れる時間もまた楽しみのひとつです。

おわりに

BTSとの出会いから、
アルバム、
ライブビューイング。
これからも、私の目に映ったBTSの世界を、この場所に残していきたいと思います。

父の日の贈り物はゴディバのチョコレート

九十歳を過ぎた父への今年の父の日の贈り物は、ゴディバのチョコレート。調べてみると、私が長年抱いていた「ベルギー王室御用達の高級チョコレート」のイメージとは異なる現在の姿に驚かされました。そして、その先に見えてきたのは、家族の穏やかな時間でした。

今日は父の日ですね。
皆さんは、お父様にどんな感謝を伝えていらっしゃいますか?

例年わが家では、母の日と同じように、姉が花を選んでオンラインで注文し、折半でプレゼントをしています。

父が若い頃は、服や靴、お酒などを贈っていました。

けれど、九十歳を過ぎた今では、以前とは少し事情も変わってきました。

運動不足解消のため、少しでも散歩に出かけてくれるとよいのですが、着替えて外出すること自体が、なかなか億劫になってきています。

少し前までは、評判のよいお店に外食に出かけたりしていましたが、最近はそれも体力的に辛いようです。

以前に比べると食も細くはなっているものの、食べることは今でも大好きです。特に甘いものには目がありません。

和菓子やクッキー、チョコレートが大好きなので、今年の父の日は、ゴディバのチョコレートを贈ることにしました。

ところで、私はずっと、「GODIVA」のチョコレートはベルギー王室御用達の高級チョコレートだと思っていました。ところが、調べてみると、現在は創業家の手を離れ、世界の流通と日本の流通も異なっていることを知りました。

日本で事業を行っているゴディバ ジャパンは、現在、韓国系投資会社MBKパートナーズ系の企業の傘下にあり、本社を六本木に置いて、日本独自の商品開発や店舗運営を行っています。

そのためか、私がかつて抱いていた「高級チョコレート専門店」というイメージも変わり、今ではカフェを展開し、クッキーや焼き菓子、アイスクリーム、パン(ゴディパン)、クレープ、コーヒーやドリンクなども楽しめるようになっています。

世界初の「ゴディパン」も日本で誕生したそうです。

ベルギー王室御用達の伝統を受け継ぎながらも、日本では「チョコレートを中心としたプレミアムスイーツブランド」として独自の進化を遂げているようです。

さすが、日本ですね。

日本人の好みに合わせながら独自の形に育てていく。その姿は、明治時代に西洋文化を取り入れながら日本らしさを失わなかった先人たちの姿にも、どこか重なって見えます。

今も昔も、日本人のそうした柔軟さは変わらないのかもしれません。


そんなことを考えていた矢先、早速、父と母がゴディバを一つずつ口にしました。

「うわぁ、コクがあって美味しいなぁ」
「一つでも、食べ応えがあるわねぇ」

父の顔がぱっとほころび、母も嬉しそうです。

少しでも美味しいものを食べて、心が満たされ、穏やかな時間を過ごしてくれたら、それが何よりの親孝行。

な〜んて、私が言うことではありませんが。笑

今年の父の日は、チョコレートのプレゼントが大成功。
家族と過ごす穏やかな時間となりました。

※ゴディバのプレゼントはこちらです。

【旧古河庭園】バラと日本庭園、大正の洋館へ。一人で巡るガイドツアー体験記

バラが咲く季節、旧古河庭園を訪れた。ジョサイア・コンドルの洋館、日本庭園、茶室を巡りながら、大正の面影と静かな時間を味わった一人旅の記録。

バラの季節。旧古河庭園に行きたいと思った。

大正の面影を偲びながら、バラの優雅な美しさと日本庭園の静けさに包まれ、しばし日常を離れてみたいと思ったから。

洋館とバラ園は、英国出身の建築家ジョサイア・コンドルが設計し、
日本庭園は、京都の作庭家・七代目小川治兵衛(植治)が手がけている。

ふと公式サイトをのぞいてみると、ちょうど洋館のガイドツアーが開催されていた。平日の12時50分の回を一名分、予約フォームから申し込んだ。

ガイドツアーに一人で参加するのは、正直なところ、勇気がいる。

いつも一人で行動する私でも、申し込むときには少しためらいがあった。

けれど、家族や友人との予定が合わないから行くのを諦めるなんて、どこかもったいない。

行きたいと思ったときに、その気持ちを大切にして行動できる人でありたい。だって、自分軸を持って生きたいもの。

ふふっ。ちょっと大袈裟だけれど、そんな風に思っている。

そこで以前、別のガイドツアーに参加したとき、男女問わず一人で参加している人が多く、「これなら、私も大丈夫かもしれない」と思い、今回は一人で申し込んでみたのだ。

ところで、
旧古河庭園への行き方はいろいろある。

私は、JR京浜東北線の上中里駅で下車。緩やかな上り坂を歩きながら、庭園へ向かう。


坂道の途中、右手に平塚神社が現れる。

平安時代末期に創建されたと伝わる古社で、源頼朝の先祖にあたる源義家などを祀る神社だそうだ。

頼朝の先祖だなんて、ずいぶん古いのだなぁ。

武運長久や開運、厄除けなどのご利益があるという。

以前来たときはお参りしたのだが、今回はそのまま通り過ぎてしまった。

帰宅して調べてみると、病気平癒のご利益もあると知り、「お参りしておけばよかったな」と少し思ってみたりもした。

それから横断歩道を渡り、左手に進むと旧古河庭園の門が見えてくる。
駅から歩くこと約7分。

到着したのは、6月の第2週。平日の午前11時30分頃だった。
入園料150円を払い、まずはバラ園へ向かう。

バラが咲くタイミングは難しい。
数年前に来たときと、同じ頃に来たつもりだったのだが、今回は咲いているバラの数が少ない。



全体を見渡すと少し寂しい。けれど、近づいてみると、美しく咲いたバラが迎えてくれた。

一人でも

「うわぁ〜、キレイ」

「なんて素敵な色合い」

と、声が漏れる。

優しい気持ちになったり、元気をもらったり、なんだか分からないけれど、バラを見ていると「大丈夫」と思えたり……。

そんなふうに、人にとって花は大切な存在なんだね。

次は、階段を下り、日本庭園へ向かう。

日本人にとって、「日本庭園」ってどんな意味があるのだろう?

祖父母の家にも、祖父が作った小さな庭があった。季節の木々が植えられ、灯籠があり、ゆるやかな起伏もあって、飛石を伝ってぐるりと一周できるようになっていた。子供の頃、そこを歩いて回るのが楽しかった。




財閥の家ともなると、「池泉回遊式庭園(ちせんかいゆうしきていえん)」。
枯滝や石組など枯山水の趣もあれば、大滝や池、橋もある。
歩いていると、庭の表情がどんどん変わり、いつしか遠くへ来たような気持ちになる。時間を忘れ、深い静けさに包まれる。
そうした広い庭を構えることは、日本人の憧れであり、社会的地位の象徴でもあったのかもしれない。


だから日本庭園に来ると、私は気持ちが上がる。
ワクワクするし、嬉しくなる。

この庭園はどんな意匠で、どんな仕掛けがあるのだろうと、興味が湧き、期待が高まっていく。

いにしえの作庭家たちの趣向に、感嘆したり、驚いたり、小さな気づきに出会えたり。

まるで別の時代に迷い込んだような気持ちになり、殿や姫君の気分に浸ることができる。

春の新緑、夏の木陰、秋の紅葉、冬の静寂。
満開の花だけでなく、散りゆく花や、うたかたの水の揺らぎにも美しさを見いだす。




慎ましやかでありながら、自然への畏敬の念を忘れない。

足りないことや質素であることの中に、心の豊かさや美しさを見いだす「わび」。

時を重ねたものに宿る味わいや、静かで古びた趣に美を感じる「さび」。

そうした美意識を、言葉にせずとも暗黙のうちに感じ取ることのできる日本人。

その独自の感性は、日本庭園に息づいている。
だから、この風景は、日本人の心の奥底に残り続けているのかもしれない。

そうこうしているうちに、私が好きな場所に辿り着く。

ここ。

茶室へと続く石段だ。

まるで山道を歩いているかのように、緩やかに登っていく。





そして、下り、庭を巡りながら、茶室へ。





ここでの一服は、私のささやかな贅沢。



この日は曇り空だったけれど、風が心地よく、一服をいただくにはちょうどよい涼しさだった。

目の前に広がる景色。

頬をなでる風。

和菓子のやさしい甘さ。

お抹茶の鮮やかな緑と、ほろ苦さ。

すべてが調和している。

至福のひととき。

―― あっ、本日のメインは洋館ツアー。

うっかり、時を忘れてしまうところだった。

名残惜しく茶室を後にし、日本庭園を抜けて旧古河邸へ向かう。



洋館の入口で支払いを済ませる。ガイドツアーは800円也。

靴は靴袋に収め、大きな荷物は事務所で預かってもらえる(貴重品を除いて)。

ガイドツアーでは、各部屋の詳しい説明を聞きながら巡ることができる。さらに、通常は入れない2階の居室にも足を踏み入れることができる。

ツアーには予約が必要で、各回15名限定。
私の回は平日のせいもあってか、女性が多かった。
ご夫婦が二組、少人数のグループがいくつか。
一人での参加も、私を含めて三人ほどいた。

さて、ツアーは1階のホールから始まる。

古河邸の当主は、古河財閥三代目の古河虎之助。
その妻・不二子は、西郷隆盛の弟・西郷従道の娘にあたる。

当時は「絶世の美男美女」として語られていたという。

古河虎之助は、英国に留学した経験もあり、お洒落な人物だったといわれている。

1階は、ホール、ビリヤードルーム、応接室、ティールーム、大食堂など、まさに英国式の洋室で構成されており、賓客を迎えるための場だった。

暖炉やマントルピース、廊下の窓ガラスの一部、照明など、いくつかの調度は大正時代のものがそのまま残されている。

古河夫妻がもてなした来賓の談笑や、葉巻の香り、靴音、婦人方の微笑み。洋館の華やかさが、記憶として刻まれているようである。

コンドルが抱えた職人たちは非常に腕が良く、その仕事の跡が今も随所に残っている。

そして2階へ。
居住空間を見られることが最大の楽しみ。

なんと、ゲストルームとご夫婦の寝室以外は和室なのだ。
あの古河邸に和室があるという事実が、一番のサプライズだった。
和室と洋室の調和には、一工夫が感じられる。それもまた、コンドルの粋な計らいなのかもしれない。

まずは仏間。
黒漆の火灯窓が美しい。
金箔が吹き付けられた壁や襖。
静かで、品格のある、素晴らしい空間だった。

極楽浄土に向かって手を合わせられるよう、西を拝む形になるように、仏壇は東向きに配置されているという。
神仏と先祖を敬うための祈りの場である。

次は客間。
華美ではないが、極上の和のしつらえで、来賓への心遣いが随所に感じられた。

そして、ご夫婦で寛ぐ畳敷きの居間。
南側に面し、バラ園や庭園を一望できる。高台にあるため、当時は富士山も見えたという。
まさに家主ならではの特等室だった。

大正時代の暮らしを思えば、畳の心地よさや、着物の衣擦れ、足袋の足音が、今も残っているようだった。

けれど、虎之助ご夫婦がこの洋館で暮らしたのは、大正6年(1917年)からわずか9年だったという。

理由は、大正12年(1923年)の関東大震災に加え、財閥の経営や財政面など、さまざまな事情が重なったためとされている。

加えて、最新鋭の設備を備えた大邸宅ゆえに、日々の暮らしには負担もあったようだ。館内の暖房は暖炉が主で、全体を暖めるには丸2日を要したともいう。

風呂の湯も1階のボイラーからバケツで15杯ほど運ばなければならなかったと聞く。

時代を先取りした豪華な造りも、日々の生活の中ではあまりに規模が大きく、維持には厳しさがあったのかもしれない。

その後、古河邸の洋館は関東大震災や戦争を経て、幾人もの手を経た。
戦後、古河家と親交のあった大谷米太郎が敷地と建物を引き継ぎ、現在は庭園を東京都が、洋館の建物を公益財団法人大谷美術館がそれぞれ管理・運営している。

ツアーを終え、もう一度バラ園から邸宅を望む。
外観からは想像もつかない和室。
いまでは、あそこが居間で、あちらが寝室だったなと、部屋の様子が目に浮かぶ。


5月の最盛期を過ぎたあとも、6月中旬から下旬にかけて「二番花」が次々と開花し、初夏へとバラの季節をつないでいく。

そして秋には、和洋折衷の美しい景色が広がる。

10月は優美な秋バラが主役となり、12月が近づくにつれて、日本庭園の鮮やかな紅葉へと主役が移り変わっていく。

ちょうどその中間にあたる11月中旬頃に訪れれば、バラと紅葉の贅沢な共演を楽しむこともできるようだ。

次は、旧古河庭園の秋の風情も感じてみたい。

※開園時間や洋館ガイドツアーなどの詳細は、旧古河庭園の公式サイトをご確認ください。
旧古河邸 | 公益財団法人 大谷美術館

【アラ還ひとりで行く】梅雨の本土寺|アジサイの静かなひととき

曇り空、梅雨の時季。
気持ちが少し落ち込むとき、そっと癒しをくれるのがアジサイだ。

一度は訪れてみたいと思っていた、千葉県松戸市にあるアジサイ寺、本土寺(ほんどじ)。

アジサイの見ごろは6月中旬とホームページに書いてあった。
その時期を逃せば、花の表情は変わってしまう気がして、6月13日に一人で向かった。

JR常磐線・北小金駅で下車。改札を出て左手、北口へ。


そこからまっすぐ進み、突き当たりを左へ。階段を降りると、すぐに横断歩道がある。

それを渡ると、本土寺へ続く道に入る。

道沿いをまっすぐ歩く。途中、両側に自転車置き場が見えてくる。その間もそのまま直進する。

左手には、くず餅やあんみつで知られる「船橋屋」。その前を通り過ぎ、信号のある十字路もそのまま直進する。信号の手前で、見落としがちだが「本土寺」の石門が見える。

ここから、少し雰囲気が変わる。
車道の両側には、石垣や大きな石が点在し、大きな木々が並ぶ参道だ。

この地には、鎌倉から室町時代にかけて、平賀氏という在地武士の屋敷があったと伝わる。水戸光圀公が参道整備に関わったという話も残る。

時代を越えて、地域の人々の手によって少しずつ守られてきた場所。その積み重ねが、今の静かな景色を形づくっているように思えた。

その後は道なりに直進し、しばらく歩くと、何も書かれていない石門が現れる。

そのまま進み、左手に二軒のお土産屋を過ぎると、朱塗りの仁王門が見えてくる。

ここが、日蓮宗 本山 長谷山 本土寺である。
駅から徒歩約15分。

鎌倉時代、建治3年(1277年)頃。
日蓮聖人の直弟子の中でも、中心的な存在だった日朗(にちろう)上人によって開かれたとされる。

徳川家と本土寺の関係は、特定の人物との直接的なつながりというより、江戸時代に寺が幕府の保護のもとにあったという歴史の中にある。境内で見られる葵の紋は、その象徴とされ、徳川将軍家の庇護を受けていたことを伝えている。

また境内には「秋山夫人供養塔」と伝わるものもあり、武家ゆかりの女性を供養するために建てられたとされる。こうした供養塔の存在は、この寺が徳川家そのものというより、武家社会の祈りや信仰の場として続いてきたことを静かに物語っている。


入口
拝観時間
5:00~17:00(最終 16:30) 無料
有料参拝期間
9:00~16:30(最終 16:00) 500円

本堂手前に立つ五重塔が立派だ。

アジサイが満開。

まずは本堂にお参り。

そして順路に沿って歩いていく。
竹林もある。

5万本以上のアジサイは見事。


6月上旬が見ごろという5000本の花菖蒲。
もう終わりかけていた。

アジサイの種類は10種類以上。色とりどりで圧倒的だ。

境内の所々にはベンチがあり、花を眺めながらひと息つける。


乳出の御霊水



おもうさん



弁天堂。池に白い蓮の花が浮かんでいて可憐。


ゆっくり回っても60分〜75分。
平日ではあったが、アジサイ目当ての大勢の参拝者がいた。

もう一度、本堂にお参りをしてお寺を後にした。

来た道、参道を戻る。
お野菜、お饅頭、お漬物などが売られているお土産屋は二軒。

焼き団子は大人気。

奥では座って一服している方の姿もある。


お蕎麦屋さんもあるが、時間によっては混み合いそうだ。

そして、北小金駅に戻ってきた。

あんなにたくさんのアジサイが咲いているのを見たのは初めて。
紅葉の季節には、また違った表情を見せてくれるのかもしれない。

※詳細は公式サイトをご参照ください。

本土寺【公式】|松戸市平賀にある日蓮宗の寺院|紫陽花寺

東京ステーションギャラリー「カール・ヴァルザー展」鑑賞記|知らなかった画家との、思いがけない出会い

東京ステーションギャラリーで開催中の「カール・ヴァルザー展」を鑑賞。予備知識のないまま訪れた展覧会で、思いがけず感動した体験を綴っています。

また、よいご縁がめぐっている。

JR東京駅の丸の内北口改札を出て、すぐ右手にある東京ステーションギャラリー。

そこで開催されていた『スイス絵画の異才 カール・ヴァルザー 世紀末の昏き残照』展。

今回訪れたのは、この展覧会である。

実は、こちらの広告もSNSでよく見かけていた。
衣装デザインが可愛らしい。歌舞伎俳優の絵も気になる。
だから、都合が合えば観に行きたいと思いつつ、またしても、閉幕間際になってしまった。

存じ上げないことばかりで、お恥ずかしいけれど。
カール・ヴァルザーという画家、そしてその作品を、私は何ひとつ知らなかった。

会場に到着したのは、平日の14時を過ぎた頃だと思う。

当日券を購入するため、2台ある券売機の順番を待つ。
次が私の番だ。思ったほど混んではいない。

エレベーターで3階へ。

ドアが開き、すぐに「ごあいさつ」のパネルを読み始める。

カール・ヴァルザー(1877-1943)は、スイス生まれの画家。
挿絵や舞台美術など幅広い分野で活躍。

「出品作すべてが日本初公開となります」
「カール・ヴァルザーの名は日本で広く知られていません」
とある。

「知られていない画家の展覧会?」
「えっ? 私、そこにお金を払うの?」

な〜んて、ちょっとイジワルな感じで作品の前に立った。

「ところが」なのである。

まず、鉛筆で描かれた男性の肖像画が3枚並ぶ。

美しいのだ。

柔らかい髪のカーブ。
秘めた優しい眼差し。
言いたいことはあるのに、それを飲み込んで相手の話を聴いているような表情。
意思の強さを感じさせる端整な顔立ち。

一瞬を切り取った描写なのに、人物の人となりまで伝わってくる。

次へと進んでいく。

窓辺から外の風景を描いた作品が2枚ある。

題名はいずれも『窓からの眺め』。

同じ題名なのに、描かれている風景は異なる。

一枚目は、窓辺に花瓶が飾られ、暖かな陽ざしが描かれている。
もう一枚目は、窓が開き、家々の屋根と、その向こうの山が細かく描かれている。

技法もタッチも異なる。
同じ題名の作品で、これほど違う表情を見せるのか。

先日、アンドリュー・ワイエス展で見た窓の絵を思い出した。
窓が開いている絵は、私の胸にまで風が通るようで、清々しい。

そして、この辺りから作品のタッチが、より繊細になってくる。

木々の描写が見事だ。
画面全体に独特の空気が漂い、思わず「はっ」と息を飲む。

『テラスからの眺め』
曇り空。テラスに出た女性が、水やりをしているのだろうか。
木の葉が一枚一枚、細かく描かれているが、その透け感が美しい。

『人形の乳母車と少女』
雪景色の中を散歩の途中なのだろうか。小さな女の子が毛皮のコートを着てこちらを振り返っている。その毛の一本一本が丁寧に描かれ、暖かさが伝わる。乳母車の市松模様に編まれた籠も見事だ。雪の中の茂みも繊細で、静かな世界が広がっている。

『バルコニーに立つ女』
手前の濃い緑の木々が、重くならず、葉が細かく幾重にも重なりながら描かれている。
奥に見える建物が、空間に奥行きと品格を与えている。

『森』
緑の山に、背の高い針葉樹が覆いかぶさるように立つ。
そしてオレンジ色に輝く空。眩しい。思わず足が止まる。

これらの四作品は、重なり合う葉や毛皮などが、立体的でありながら、どこか抜けるように描かれている。
丁寧、繊細、美しい。言葉が追い付かない。

とにかく、私は見惚れた。

いや、多分。

周りの鑑賞者も、同じだと思う。

ある人は、一つの作品をずーっと見ている。作品の前から動かない。

また、ある人は、一つの作品を近くから見たり、遠くから見たりしている。

いやぁ、その気持ち、よくわかる。

だから暗黙の了解で、お互いに譲り合いながら、空いている作品から見ては戻り、また見直す。

私もまだ会場は序盤なのに、何度も同じ作品を鑑賞し直していた。

鑑賞者は少なくはないけれど、混雑していなかったからできたことだった。

パンフレットにもなっている『貴婦人の肖像』は、額縁を含めてとても素敵な作品だった。

そして、まだまだ続く。
『散歩する優雅な男女』
『夜の散歩』
『アトリエの窓からの眺め』

これらの作品を見ていると、絵画の中に入り込み、自分がその中にいるような錯覚を覚えた。気づけば、お気に入りの作品になっていた。

さらに、
『隠者』
『デルフトの街角』

とにかく美しく、細かく、柔らかい。

4章あるうちの1章しか見ていないのに、感動の渦に飲み込まれていた。

東京ステーションの歴史あるレンガの階段を下りて、
「日本滞在」の章へ。

1908年4月から約半年。
ドイツの出版社の依頼により、小説家ベルンハルト・ケラーマンと共に来日し、横浜、東京、京都、伊勢、宮津などを巡った。
その滞在をもとに、ケラーマンは『さっさよ やっさ日本の踊り』『日本散策』の2冊を出版し、いずれもベストセラーとなった。ヴァルザーはその図版や装幀を担当している。

約120年前、外国人の目を通して当時の日本が描かれている。

途中、10分ほどの【宮津・天橋立】の動画を見るコーナーがある。
それを先に観ておくと、より楽しめる。

ヴァルザーが見た日本の美しさは、今もどこかに残っている。そんなことを、彼と一緒に確かめているような気持ちになった。

素朴でありながら美しく、品格があり、そして日本への敬意を持って丁寧に描かれていることがわかる。

特に、歌舞伎の女形の描き方には感動した。
美しい女性としての姿の中に、演じている男性の気配が確かにある。
その両方が、きちんと描き分けられているのだ。

歌舞伎の演目が、習作も含め何枚も描かれており、『壇浦兜軍記(だんのうらかぶとぐんき)』の阿古屋の演奏場面も印象的だった。

私は今年4月、坂東玉三郎さんの舞台で、実際に玉三郎丈の阿古屋の演奏場面を拝見していたこともあり、絵画と舞台の記憶が重なり合い、忘れられない思い出となった。

多くはここで、語るまい。
芸者・福子の作品も、京都の祭りも、納涼床も、どれも趣があり、美しい。
日本のよさを、手紙にも絵画にも、静かに丁寧に残してくれている。
日本という国の姿を、静かに見つめ直すような展示だった。

ヴァルザーには、弟で作家のロベルト・ヴァルザーがいる。
英国の挿絵画家オーブリー・ビアズリーの影響を受け、書籍の挿絵や装幀なども手掛けていた。

小さな枠の中に、黒と白で描かれた挿絵が並び、思わず見入ってしまうほどの見応えがあった。

そして、最後に見たかった舞台の衣装デザイン群である。

『ロミオとジュリエット』
『フィガロの結婚』
『ドン・パスクワーレ』など。

衣装デザインのスケッチは、凝っていて美しく、鮮やかで、そして可愛らしい。

もし美術館ではなく、日常の中にこれらのデザイン画があったなら、登場人物たちが、額縁から抜け出して表情豊かに、身振り手振りで物語を語り出してきそうである。そんなことを思いながら、最後の展示室を後にした。

最後に。
カール・ヴァルザーは、恋人の死や第一次・第二次世界大戦といった時代を経て制作を続けた画家であり、戦争によって初期の作品を失ったとも言われている。

その作品には、繊細さや美しさ、儚さ、そして温かさが感じられた。

作品を見終えて思ったのは、どこかピュアな心を持ち、それをそのまま表現に結びつけた画家だったのではないか、ということだ。

偶然なのか、あるいは必然なのかはわからない。ただ、こうして鑑賞する機会を得られたことは、とてもありがたいことだったと思う。

あまりにもよかったので、図録を購入した。

2026年/キュレイターズ発行/B5判変形/360頁/3,850円(税込)

東京ステーションギャラリー
2026年6月21日(日)まで

大阪中之島美術館
2026年7月4日(土)~2026年9月27日(日)

アラ還派遣社員、「もう会社へ行けない」と思った日から|ケアレスミスと睡眠不足を見つめた記録

仕事のケアレスミスが増えたり、睡眠の質が落ちたりして、「自分はどこかおかしいのでは」と感じたことはありませんか。
私は2026年春、そうした状態が続き、最初は脳の異常を疑って医療機関を受診しました。その後、ストレスの影響が大きいと分かり、休職と働き方の見直しをすることになりました。
このページでは、ケアレスミスや睡眠不足に悩んだ日々から、受診・休職までの経緯、そして脳疲労や睡眠について調べたことや実際に試したことをまとめています。

はじめに

🔷 適応障害で休職するまで、職場で起きていたこと、身体に起きていたこと
仕事のミスが増えたことをきっかけに受診し、休職に至るまでの経緯をまとめた記録です。本シリーズ全体の経緯を知りたい方はこちらからどうぞ。

1.ケアレスミスと受診までの記録

🔷仕事のミスが増えた私が病院で知った“脳の疲れ”
職場の業務や人間関係に、なかなか慣れることができない。何度確認しても抜けてしまうケアレスミス。もしかして脳に異常があるのではないか――そう思い、医療機関を受診しました。仕事のミスや睡眠不足に悩み始めた頃の記録です。

🔷出社できなくなった私が病院で知った“想定外の診断”
職場の対人関係の難しさ。医師から勧められた休職と転職。受け入れたくない気持ちを抱えながらも、恐怖心や不安と向き合おうとした日々の記録です。

🔷「もう会社へ行けない」アラ還派遣社員の不安と不眠の記録
抗不安薬を服用していても、心と身体の不調は広がり、休職と転職を受け入れることになりました。その先には、新たな不安も待っていました。そんな心の揺らぎを綴った記録です。

2.脳疲労と睡眠不足について調べてみた

🔷仕事のケアレスミスが減らない原因は「注意力」ではなく睡眠不足かもしれない
職場で私は「注意力散漫な人」とレッテルが貼られていました。確かにケアレスミスが多いので、そう思われても仕方ない状況です。そこで、なぜケアレスミスを起こしてしまうのか?睡眠不足は、どのように影響するのか調べてみました。

🔷睡眠不足で脳はどうなる?記憶・脳のゴミ・眠りとケアレスミスの関係
睡眠中、脳はどのように働いているのでしょうか。睡眠時間や睡眠の質と量、記憶との関係、そして脳を整える眠り方について調べてみました。

🔷昼寝と休日の寝溜めで回復できる?脳疲労と睡眠不足の対策と効果
睡眠不足を解消するために、昼寝や休日の寝溜めは有効なのでしょうか。なかなか変えられない生活習慣。けれど今は、今は、生活習慣を見直す機会が訪れているのかもしれません。睡眠不足や脳疲労との関係を調べながら、生活を整えるヒントを記しました。

3.調べている中で知ったDMN(デフォルト・モード・ネットワーク)

🔷脳疲労と睡眠不足。DMN(デフォルト・モード・ネットワーク)を知って、「休む」の意味が少し変わった
脳を休ませてあげたい。何も考えずに「ぼぉーっ」としているつもりなのに、気づけば、あの時のことや、これからのことを考えていることはありませんか?実は、過去や未来について思い巡らせている時、脳は想像以上に働いているそうです。そんな脳の仕組みについて、私なりに調べてみました。

🔷頭の中のグルグルが止まらない|DMNと「脳の休ませ方」を考えた
DMNについて知り、疑問に感じたことを私なりに整理してみました。また、「ぼぉーっとしているつもりなのに頭が休まらない」状態についても考えてみました。空を眺めることや、ハーブティーを味わうことなど、脳の休ませ方を実際に試した記録です。

4.脳疲労や睡眠不足を和らげるために、私が試したこと

🔷ミスと睡眠不足に悩む私が、100年前の「呼吸法」を試してみた
不安感を和らげ、自分を取り戻すために何かできることはないかと探していた時、本棚から100年以上読み継がれてきたという『究極の呼吸法』を見つけました。実際に本を読みながら、少し呼吸法を試してみた時の記録です。

🔷お茶・コーヒー・ハーブティーとは?違いを知って、毎日の一杯をもっと楽しむ
日頃、何気なく飲んでいるコーヒーや紅茶、日本茶。それぞれの違いをご存じですか?また、眠りに影響するといわれるカフェインは、どの飲みものに含まれているのでしょうか。違いや飲むタイミングを知ることで、毎日の一杯が、より心地よい時間になるかもしれません。

🔷enherb(エンハーブ)のハーブティー|私の一服になった理由
『enherb』のハーブティーは、不安定だった私の心と身体を、そっと支えてくれました。薬ではないから、気兼ねなく飲める。これから体調が回復に向かったとしても、美味しいから続けていきたいと思っています。ある意味、お守りのような存在として。私の大切な一服です。

5.そして、これから

2026年5月から7月まで休職することになりました。現在は体調を整えながら、転職に向けた準備を進めていこうと思っています。不安が消えたわけではありません。けれど、ケアレスミスや睡眠不足について学び、自分自身を見つめ直した時間は、決して無駄ではなかったと思っています。

この記録は、まだ途中です。

これからの転職活動や、その先の日々についても、少しずつ綴っていこうと思います。

【アンドリュー・ワイエス展感想】窓の向こうを吹き抜ける風を追いかけて|東京都美術館 これが一番おすすめ。

アンドリュー・ワイエスのことをほとんど知らなかった私。ところが東京都美術館で作品と向き合ううちに、その透明感と風の描写に、すっかり心を奪われてしまった。これは、そんな出会いの記録です。

私は、「美術館巡りが好き」と言いながら、存じ上げないアーティストや作品の方がずっと多い。

実は、アンドリュー・ワイエスもその一人だった。

SNSでは何度も「アンドリュー・ワイエス展」の広告が流れてくる。

ここまで繰り返し目にすると、さすがに気になってくる。

しかも東京都美術館開館100周年記念の企画展だという。

「そんなに推しているなら、一度見てみようかしら」

そう思って、東京都美術館へ向かった。

到着は、平日の14時頃だったと思う。

私、東京都美術館へ来るのは久しぶりのような気がする。

当日券も5〜6名しか並んでおらず、すぐに購入ができた。


入場。

知識も、先入観もなく初めてワイエスの作品の前に立つ。

確か、最初の作品は、ワイエスの自画像だったと思う。

えっ、初っ端から自画像?!

すごい自信だなぁ〜。
ジェームス・ディーンに似てる?
それが最初の感想で、

「なんという透明感」
それが、私の第一印象だ。

次に、テンペラ技法の作品が目に留まる。

あれっ?
テンペラ技法って、卵に顔料を混ぜて描く技法ではなかったかしら?
すぐ乾くし、扱いも難しかったような……。
私の頭の中は、イタリア・ルネサンス期のダ・ヴィンチの壁画へと飛んでしまった。

さらに面白かったのは、作品ごとに質感がまるで違うことだ。

いわゆる想像どおりの、絵具を水にとかした水彩画もあれば、ドライブラッシュといって、水分を限りなく絞った筆に、わずかな絵の具をつけ、紙にこすりつけるように描く水彩画もあり、ザラザラ、デコボコとした凹凸の表現が、なんとも楽しい。

水彩絵の具、木炭、インク、ペンなど、使われる画材によって作品の表情は大きく変わる。

これも、ワイエスの魅力なのか。

途中、説明パネルに、

「色彩によって空気感や温度、音を自由に表現できることが魅力」といった内容が書かれていた。

ワイエスは、温度や音も表現できるの?
そんなことが本当に可能なら、私、好きかも。

一つひとつの作品を見るごとに、次の作品への期待が膨らんでいく。

ワイエスの作品には、窓や扉、光と影が巧みに描かれていた。

説明によると、ワイエスは「境界」を重要なテーマの一つとしており、窓や扉を通して、内と外、生と死といった世界を表現しているらしい。

確かに、どの作品も、静けさ、孤独、寂しさ、哀愁といったものが、チラチラと見え隠れしているように感じた。

けれど、明るさを表現している描写では、眩しいくらいに明るく、私には希望というか、救われた世界に感じられるのだ。

本当に「窓」の絵が多い。
閉じられた窓、開けられた窓。割れた窓、朽ちた窓。

私も、窓が描かれている作品は大好きだ。

特に、窓が開かれている作品を見ると、絵の中を風が通り抜けているように感じる。その風は、絵を通り抜け、私のもとにも届く。そして、私の内側にも新鮮な風と気を巡らせてくれるように感じるからだ。何かを手放すことができたような、何かを昇華できたような。 そんな清々しさを、私は感じるのである。

ところで、作品を観ていて不思議だなと思うことがあった。

少し離れた場所から見ると、ごく平面的な絵に見える。

ところが間近で見ると、絵の中の窓や壁、草や木々が立体的に浮かび上がってくるように感じるのだ。

そして、その繊細な写実は、一瞬写真のようにも見える。
けれど、写真とは違う。一つひとつの作品の質感が、なんとも心地良いのだ。

魅了されて動けない。

ただただ、見惚れてしまうのである。

この展覧会では、オルソン・ハウスという一軒の家と、その住人である姉クリスティーナと弟アルヴァロの暮らしを題材にした作品が、何枚も登場する。

田舎で姉弟二人が暮らす風景は、『赤毛のアン』に出てくる、マリラとマシューのいるグリーン・ゲイブルズを連想させる。

ワイエスの作品には、生と死の気配が静かに漂っている。

そのせいだろうか。
老いていくオルソン姉弟の姿を見ていると、マシューの死まで思い出された。そんなことを頭の片隅で思いながら、作品を観ていた。

また、作品を観ていて気づいたことがある。

ワイエスは、生活の中にある何でもないものをモチーフとしているのだ。

『洗濯物』『青い計量器』『穀物袋』など。

普段なら見過ごしてしまいそうなものばかりである。私は、何を見せられているのだろうと思いながらも、その巧みな描写に引き付けられる。

これが、ワイエスの持ち味なのね。

そして、一番楽しくて、ワクワクしながら見た作品群は、「習作」から「完成」までの過程を追える展示だった。

習作の最初の作品は、何が描かれているのか、さっぱり分からない。

でも、その次の習作、さらに加筆された習作と見ていくうちに、少しずつ完成形が見えてくる。

そして最後に完成作品へ辿り着く頃には、ワイエスが何に目を向け、何を表現しようとしていたのかが浮かび上がってくるのだ。

その過程が、とても趣深く、感動した。

最後に、私が特に心を動かされた作品は、三点ある。

《海からの風》習作群
窓、カーテン、風、光。
習作を重ねるごとに、それらが少しずつ画面に現れてくる。
そして完成作へと近づくにつれ、ワイエスが何を描こうとしていたのかが見えてくる。なかなか目にすることのできない制作の過程。
その作品群に触れられたことは、私にとって大きな収穫だった。

《クリスティーナ・オルソン》
今回の展覧会のポスターにもなっている作品。
扉に身体を預けるクリスティーナ。
その姿には、どこか孤独や寂しさが漂っている。
けれど、私の目を引いたのは、風になびく髪だった。
絵画の中では、今もなお柔らかな風が吹き続けているように感じる。
その一瞬を捉えた描写から、私は目を離すことができなかった。

《花びら》
満開を少し過ぎた花。
風に乗って花びらが舞い、香りまで漂ってくるように感じる。
その一瞬の美しさと儚さが、なんとも尊いのである。

『花びら』

正直、ここまで惹き込まれるとは思っていなかった。
けれど今は、ワイエスの他の作品も、もっと観てみたいと思っている。


※会期は2026年7月5日(日)まで。
東京都美術館開館100周年記念 アンドリュー・ワイエス展