東京ステーションギャラリーで開催中の「カール・ヴァルザー展」を鑑賞。予備知識のないまま訪れた展覧会で、思いがけず感動した体験を綴っています。

また、よいご縁がめぐっている。
JR東京駅の丸の内北口改札を出て、すぐ右手にある東京ステーションギャラリー。
そこで開催されていた『スイス絵画の異才 カール・ヴァルザー 世紀末の昏き残照』展。
今回訪れたのは、この展覧会である。
実は、こちらの広告もSNSでよく見かけていた。
衣装デザインが可愛らしい。歌舞伎俳優の絵も気になる。
だから、都合が合えば観に行きたいと思いつつ、またしても、閉幕間際になってしまった。
存じ上げないことばかりで、お恥ずかしいけれど。
カール・ヴァルザーという画家、そしてその作品を、私は何ひとつ知らなかった。
会場に到着したのは、平日の14時を過ぎた頃だと思う。
当日券を購入するため、2台ある券売機の順番を待つ。
次が私の番だ。思ったほど混んではいない。
エレベーターで3階へ。
ドアが開き、すぐに「ごあいさつ」のパネルを読み始める。
カール・ヴァルザー(1877-1943)は、スイス生まれの画家。
挿絵や舞台美術など幅広い分野で活躍。
「出品作すべてが日本初公開となります」
「カール・ヴァルザーの名は日本で広く知られていません」
とある。
「知られていない画家の展覧会?」
「えっ? 私、そこにお金を払うの?」
な〜んて、ちょっとイジワルな感じで作品の前に立った。
「ところが」なのである。
まず、鉛筆で描かれた男性の肖像画が3枚並ぶ。
美しいのだ。
柔らかい髪のカーブ。
秘めた優しい眼差し。
言いたいことはあるのに、それを飲み込んで相手の話を聴いているような表情。
意思の強さを感じさせる端整な顔立ち。
一瞬を切り取った描写なのに、人物の人となりまで伝わってくる。
次へと進んでいく。
窓辺から外の風景を描いた作品が2枚ある。
題名はいずれも『窓からの眺め』。
同じ題名なのに、描かれている風景は異なる。
一枚目は、窓辺に花瓶が飾られ、暖かな陽ざしが描かれている。
もう一枚目は、窓が開き、家々の屋根と、その向こうの山が細かく描かれている。
技法もタッチも異なる。
同じ題名の作品で、これほど違う表情を見せるのか。
先日、アンドリュー・ワイエス展で見た窓の絵を思い出した。
窓が開いている絵は、私の胸にまで風が通るようで、清々しい。
そして、この辺りから作品のタッチが、より繊細になってくる。
木々の描写が見事だ。
画面全体に独特の空気が漂い、思わず「はっ」と息を飲む。
『テラスからの眺め』
曇り空。テラスに出た女性が、水やりをしているのだろうか。
木の葉が一枚一枚、細かく描かれているが、その透け感が美しい。
『人形の乳母車と少女』
雪景色の中を散歩の途中なのだろうか。小さな女の子が毛皮のコートを着てこちらを振り返っている。その毛の一本一本が丁寧に描かれ、暖かさが伝わる。乳母車の市松模様に編まれた籠も見事だ。雪の中の茂みも繊細で、静かな世界が広がっている。
『バルコニーに立つ女』
手前の濃い緑の木々が、重くならず、葉が細かく幾重にも重なりながら描かれている。
奥に見える建物が、空間に奥行きと品格を与えている。
『森』
緑の山に、背の高い針葉樹が覆いかぶさるように立つ。
そしてオレンジ色に輝く空。眩しい。思わず足が止まる。
これらの四作品は、重なり合う葉や毛皮などが、立体的でありながら、どこか抜けるように描かれている。
丁寧、繊細、美しい。言葉が追い付かない。
とにかく、私は見惚れた。
いや、多分。
周りの鑑賞者も、同じだと思う。
ある人は、一つの作品をずーっと見ている。作品の前から動かない。
また、ある人は、一つの作品を近くから見たり、遠くから見たりしている。
いやぁ、その気持ち、よくわかる。
だから暗黙の了解で、お互いに譲り合いながら、空いている作品から見ては戻り、また見直す。
私もまだ会場は序盤なのに、何度も同じ作品を鑑賞し直していた。
鑑賞者は少なくはないけれど、混雑していなかったからできたことだった。
パンフレットにもなっている『貴婦人の肖像』は、額縁を含めてとても素敵な作品だった。
そして、まだまだ続く。
『散歩する優雅な男女』
『夜の散歩』
『アトリエの窓からの眺め』
これらの作品を見ていると、絵画の中に入り込み、自分がその中にいるような錯覚を覚えた。気づけば、お気に入りの作品になっていた。
さらに、
『隠者』
『デルフトの街角』
とにかく美しく、細かく、柔らかい。
4章あるうちの1章しか見ていないのに、感動の渦に飲み込まれていた。

東京ステーションの歴史あるレンガの階段を下りて、
「日本滞在」の章へ。
1908年4月から約半年。
ドイツの出版社の依頼により、小説家ベルンハルト・ケラーマンと共に来日し、横浜、東京、京都、伊勢、宮津などを巡った。
その滞在をもとに、ケラーマンは『さっさよ やっさ日本の踊り』『日本散策』の2冊を出版し、いずれもベストセラーとなった。ヴァルザーはその図版や装幀を担当している。
約120年前、外国人の目を通して当時の日本が描かれている。
途中、10分ほどの【宮津・天橋立】の動画を見るコーナーがある。
それを先に観ておくと、より楽しめる。
ヴァルザーが見た日本の美しさは、今もどこかに残っている。そんなことを、彼と一緒に確かめているような気持ちになった。
素朴でありながら美しく、品格があり、そして日本への敬意を持って丁寧に描かれていることがわかる。
特に、歌舞伎の女形の描き方には感動した。
美しい女性としての姿の中に、演じている男性の気配が確かにある。
その両方が、きちんと描き分けられているのだ。
歌舞伎の演目が、習作も含め何枚も描かれており、『壇浦兜軍記(だんのうらかぶとぐんき)』の阿古屋の演奏場面も印象的だった。
私は今年4月、坂東玉三郎さんの舞台で、実際に玉三郎丈の阿古屋の演奏場面を拝見していたこともあり、絵画と舞台の記憶が重なり合い、忘れられない思い出となった。
多くはここで、語るまい。
芸者・福子の作品も、京都の祭りも、納涼床も、どれも趣があり、美しい。
日本のよさを、手紙にも絵画にも、静かに丁寧に残してくれている。
日本という国の姿を、静かに見つめ直すような展示だった。
ヴァルザーには、弟で作家のロベルト・ヴァルザーがいる。
英国の挿絵画家オーブリー・ビアズリーの影響を受け、書籍の挿絵や装幀なども手掛けていた。
小さな枠の中に、黒と白で描かれた挿絵が並び、思わず見入ってしまうほどの見応えがあった。
そして、最後に見たかった舞台の衣装デザイン群である。
『ロミオとジュリエット』
『フィガロの結婚』
『ドン・パスクワーレ』など。
衣装デザインのスケッチは、凝っていて美しく、鮮やかで、そして可愛らしい。
もし美術館ではなく、日常の中にこれらのデザイン画があったなら、登場人物たちが、額縁から抜け出して表情豊かに、身振り手振りで物語を語り出してきそうである。そんなことを思いながら、最後の展示室を後にした。
最後に。
カール・ヴァルザーは、恋人の死や第一次・第二次世界大戦といった時代を経て制作を続けた画家であり、戦争によって初期の作品を失ったとも言われている。
その作品には、繊細さや美しさ、儚さ、そして温かさが感じられた。
作品を見終えて思ったのは、どこかピュアな心を持ち、それをそのまま表現に結びつけた画家だったのではないか、ということだ。
偶然なのか、あるいは必然なのかはわからない。ただ、こうして鑑賞する機会を得られたことは、とてもありがたいことだったと思う。
あまりにもよかったので、図録を購入した。

2026年/キュレイターズ発行/B5判変形/360頁/3,850円(税込)
■東京ステーションギャラリー
2026年6月21日(日)まで

■大阪中之島美術館
2026年7月4日(土)~2026年9月27日(日)