医療機関を受診し、休職と転職を考えることになった、ある日の記録です。

ケアレスミスが続き、心と身体のバランスを崩した
ケアレスミスや注意を受けることが重なったことで、私の心と身体のバランスが崩れ、医療機関を受診した。
処方された抗不安薬を服用する。
すると、不安感は少し治まり、ぐっすり眠れるようになった。途中で起きることもない。
ただ、その一方で倦怠感はむしろ強くなっていった。
また、空腹でも満腹でもないのに胃に不快感が。朝はそれが痛みになることもある。
さらに、時々、頭の芯の部分が重くなるように感じていた。
医師から休職と転職を勧められる
前回の受診。
甲状腺機能に異常がないか採血を行った結果、甲状腺ホルモンの分泌に異常はなかった。
ただ、他の数値で気になるところがあり、その点はかかりつけ医に相談するようにとのことだった。
そして、環境による強いストレス反応が出ているとのことだった。
診断名は、適応障害。
まずは休職。
そして、今の職場に戻ったところで、状況はあまり変わらないだろうからと、転職についても考えるようにと言われた。
休職も転職もしたくはなかった。
だから、なんとかGW中に体調を整えようと心がけた。
GW中も、心は休まらなかった
けれど、職場の環境を考えると、「怖い」という感情が勝っていく。
ケアレスミスと注意。
それを思い出すだけで、眉間にシワが寄るほど苦しくなる。
せっかくのGWなのに、出社の3日前から不安で胸が押しつぶされそうになった。
全然、心が休めていない。
落ち着かなければと思い、量を調整できる抗不安薬を、上限量まで服用した。
出勤前夜、やっぱり眠れない。
出勤当日、身体が拒否した
そして出勤当日。
同じように、朝起きて出勤準備をするものの、身体が重い。胃痛と頭痛もいつもより強い。家を出る前にお腹を壊す。
あぁ、やっぱり行けない。
職場と派遣会社へ連絡を入れ、休暇を取った。
連絡を終えた瞬間は「ほっ」とする。
けれど同時に、今後のことを考えたとき、別の恐怖感が襲ってきた。
「もう会社へは行けない」と思った
もう会社へは行けない。
医師の判断通り、休職にしよう。
休職明けは…。
今の勤務先への更新はできない。
つまり、転職になる。
アラ還の私。
この年齢からの仕事探しは簡単ではない。
しかも、退職理由はメンタルに関わる体調不良。
就活は厳しいだろう。
この思いが瞬時に頭の中をぐるぐると巡る。そして気持ちは堕ちていく。
起き上がれず、そのまま布団の中へ。
私の不安の正体
精神的に追い込まれていく。
けれども、ここは冷静にこれからのことを考えなくてはならない。
……。
深呼吸をして、気持ちを落ち着かせる。
明日から職場に行けるか。
→それは、無理。
職場の環境に合わないことは、自分の存在価値がないということか。
→いいえ。
この職場と離れることは、気持ちが楽になるか。
→はい。
次の仕事探しは難しそうだけれど、能力や健康に合った仕事でもいいのではないか。収入が減ったとしても。
→「回答不能」
そう、そこだった。
私の怖れ。
私の不安。
職場を変えても、また同じようなミスをするかもしれない。
それに、合わない人はどこにでもいる。
私に合う仕事は見つかるのだろうか。
収入はどのくらい減るのだろうか。
頭の中で、不安の会話が止まらない。
ずっと、同じところを巡っている。
休職しても続く不調
それから、少し時間が経ち、
派遣会社の担当者に相談し、契約期間は休職扱いとなり…。
転職するという流れになった。
休職期間に入って、まだ数日。
だからかもしれない。
職場に行こうとする時だけ、心と身体のバランスが崩れると思っていた。
けれど、
GW中もそうだったが、
楽しみにしていた友人や家族との予定も、前日の夜になると急に面倒に思えたり、出かける当日は朝から倦怠感に襲われたり、出かける直前でお腹を壊したり…。
身体は、認識していないのだなぁ。
職場に行くことと、楽しい予定を。
不調はまだ続いている。
朝起きられても、パジャマを着替えずに過ごす日もある。
今の心の支え
ただ…。
家の中では、比較的、普通に過ごせている。
こうして文章を書ける時間が、今の私には心のリハビリになっている。
シニアになっても人生を楽しみたいし、楽しさや喜びも堪能したい。
けれど、どの世代においても、生きづらさはあるのだと思う。
美しいものだけを綴るだけではなく、思いもしなかった突然のピンチも日誌に残しておけたらと思っている。
私の胸のブラックホールは、閉じないまま。
まずは、身体を整えながら、先のことは考えていこうと思う。
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