アンドリュー・ワイエスのことをほとんど知らなかった私。ところが東京都美術館で作品と向き合ううちに、その透明感と風の描写に、すっかり心を奪われてしまった。これは、そんな出会いの記録です。

私は、「美術館巡りが好き」と言いながら、存じ上げないアーティストや作品の方がずっと多い。
実は、アンドリュー・ワイエスもその一人だった。
SNSでは何度も「アンドリュー・ワイエス展」の広告が流れてくる。
ここまで繰り返し目にすると、さすがに気になってくる。
しかも東京都美術館開館100周年記念の企画展だという。
「そんなに推しているなら、一度見てみようかしら」
そう思って、東京都美術館へ向かった。
到着は、平日の14時頃だったと思う。
私、東京都美術館へ来るのは久しぶりのような気がする。
当日券も5〜6名しか並んでおらず、すぐに購入ができた。

入場。
知識も、先入観もなく初めてワイエスの作品の前に立つ。
確か、最初の作品は、ワイエスの自画像だったと思う。
えっ、初っ端から自画像?!
すごい自信だなぁ〜。
ジェームス・ディーンに似てる?
それが最初の感想で、
「なんという透明感」
それが、私の第一印象だ。
次に、テンペラ技法の作品が目に留まる。
あれっ?
テンペラ技法って、卵に顔料を混ぜて描く技法ではなかったかしら?
すぐ乾くし、扱いも難しかったような……。
私の頭の中は、イタリア・ルネサンス期のダ・ヴィンチの壁画へと飛んでしまった。
さらに面白かったのは、作品ごとに質感がまるで違うことだ。
いわゆる想像どおりの、絵具を水にとかした水彩画もあれば、ドライブラッシュといって、水分を限りなく絞った筆に、わずかな絵の具をつけ、紙にこすりつけるように描く水彩画もあり、ザラザラ、デコボコとした凹凸の表現が、なんとも楽しい。
水彩絵の具、木炭、インク、ペンなど、使われる画材によって作品の表情は大きく変わる。
これも、ワイエスの魅力なのか。
途中、説明パネルに、
「色彩によって空気感や温度、音を自由に表現できることが魅力」といった内容が書かれていた。
ワイエスは、温度や音も表現できるの?
そんなことが本当に可能なら、私、好きかも。
一つひとつの作品を見るごとに、次の作品への期待が膨らんでいく。
ワイエスの作品には、窓や扉、光と影が巧みに描かれていた。
説明によると、ワイエスは「境界」を重要なテーマの一つとしており、窓や扉を通して、内と外、生と死といった世界を表現しているらしい。
確かに、どの作品も、静けさ、孤独、寂しさ、哀愁といったものが、チラチラと見え隠れしているように感じた。
けれど、明るさを表現している描写では、眩しいくらいに明るく、私には希望というか、救われた世界に感じられるのだ。
本当に「窓」の絵が多い。
閉じられた窓、開けられた窓。割れた窓、朽ちた窓。
私も、窓が描かれている作品は大好きだ。
特に、窓が開かれている作品を見ると、絵の中を風が通り抜けているように感じる。その風は、絵を通り抜け、私のもとにも届く。そして、私の内側にも新鮮な風と気を巡らせてくれるように感じるからだ。何かを手放すことができたような、何かを昇華できたような。 そんな清々しさを、私は感じるのである。
ところで、作品を観ていて不思議だなと思うことがあった。
少し離れた場所から見ると、ごく平面的な絵に見える。
ところが間近で見ると、絵の中の窓や壁、草や木々が立体的に浮かび上がってくるように感じるのだ。
そして、その繊細な写実は、一瞬写真のようにも見える。
けれど、写真とは違う。一つひとつの作品の質感が、なんとも心地良いのだ。
魅了されて動けない。
ただただ、見惚れてしまうのである。
この展覧会では、オルソン・ハウスという一軒の家と、その住人である姉クリスティーナと弟アルヴァロの暮らしを題材にした作品が、何枚も登場する。
田舎で姉弟二人が暮らす風景は、『赤毛のアン』に出てくる、マリラとマシューのいるグリーン・ゲイブルズを連想させる。
ワイエスの作品には、生と死の気配が静かに漂っている。
そのせいだろうか。
老いていくオルソン姉弟の姿を見ていると、マシューの死まで思い出された。そんなことを頭の片隅で思いながら、作品を観ていた。
また、作品を観ていて気づいたことがある。
ワイエスは、生活の中にある何でもないものをモチーフとしているのだ。
『洗濯物』『青い計量器』『穀物袋』など。
普段なら見過ごしてしまいそうなものばかりである。私は、何を見せられているのだろうと思いながらも、その巧みな描写に引き付けられる。
これが、ワイエスの持ち味なのね。
そして、一番楽しくて、ワクワクしながら見た作品群は、「習作」から「完成」までの過程を追える展示だった。
習作の最初の作品は、何が描かれているのか、さっぱり分からない。
でも、その次の習作、さらに加筆された習作と見ていくうちに、少しずつ完成形が見えてくる。
そして最後に完成作品へ辿り着く頃には、ワイエスが何に目を向け、何を表現しようとしていたのかが浮かび上がってくるのだ。
その過程が、とても趣深く、感動した。

最後に、私が特に心を動かされた作品は、三点ある。
▪ 《海からの風》習作群
窓、カーテン、風、光。
習作を重ねるごとに、それらが少しずつ画面に現れてくる。
そして完成作へと近づくにつれ、ワイエスが何を描こうとしていたのかが見えてくる。なかなか目にすることのできない制作の過程。
その作品群に触れられたことは、私にとって大きな収穫だった。
▪ 《クリスティーナ・オルソン》
今回の展覧会のポスターにもなっている作品。
扉に身体を預けるクリスティーナ。
その姿には、どこか孤独や寂しさが漂っている。
けれど、私の目を引いたのは、風になびく髪だった。
絵画の中では、今もなお柔らかな風が吹き続けているように感じる。
その一瞬を捉えた描写から、私は目を離すことができなかった。
▪ 《花びら》
満開を少し過ぎた花。
風に乗って花びらが舞い、香りまで漂ってくるように感じる。
その一瞬の美しさと儚さが、なんとも尊いのである。

『花びら』
正直、ここまで惹き込まれるとは思っていなかった。
けれど今は、ワイエスの他の作品も、もっと観てみたいと思っている。

※会期は2026年7月5日(日)まで。
東京都美術館開館100周年記念 アンドリュー・ワイエス展