日いづる処の美の日誌

光梅|美しいものを慈しむくらしの記録

高輪神社|高輪ゲートウェイ駅近く!室町時代から続く歴史ある氏神様

高輪ゲートウェイ駅近くに鎮座する「高輪神社」。室町時代から続く氏神様だ。以前から、境内がふっと明るく感じられるのが気になっていた。初めて参拝して感じたことや、歴史を調べて知ったことを綴っています。

高輪神社へ向かう道

高輪神社は、JR高輪ゲートウェイ駅から徒歩約6分、都営浅草線・京急本線の泉岳寺駅から徒歩約3分の場所にある。

今回は、高野山東京別院への参拝後に歩いて向かった。徒歩約5分ほどの距離だ。

来た道を戻り、桂坂を下る。

高野山東京別院からの桂坂と交差点

交差点の横断歩道を渡って左折し、そのまま第一京浜沿いを進むと、左手に高輪神社が見えてくる。

高輪ゲートウェイ駅から向かう場合は、南改札を出て左手へ進む。突き当たりを右に曲がり、エスカレーターを下りて第一京浜を渡ったら右折する。

高輪ゲートウェイ駅からのエスカレーター。

そのまま第一京浜沿いを直進すると、左手に高輪神社が見えてくる。

私が高輪神社に感じていたこと

お参りする前に、まず私が高輪神社に抱いていた印象をお伝えしたい。

用事があり、高輪ゲートウェイ駅から田町駅方面へ向かうことが何度かあった。そのたびに高輪神社の前を通ると、いつも誰かがお参りをしていた。地元の方なのか、仕事の合間なのか、観光で訪れた方なのかは分からない。けれど、人々に親しまれている神社なのだなと思っていた。

そして、もう一つ。

こちらの神社の前を通るたび、歩道から伸びる参道や階段、その先に広がる境内全体が、なぜか明るく、柔らかな光をまとっているように感じていた。

初めて神社の前を通り過ぎたのは、うろ覚えだが、初詣の時季だったと思う。境内入口や奥の提灯に灯りがともされ、その明るさが印象に残っていた。

その後も、神社の前を通るたびに、ふっと視界が明るく感じられることがあった。

「また提灯が灯っているのだろうか」

そう思って神社に目を向け、思わず二度見する。しかし、何も灯っていない。

ネットで調べてみると、晴れた日には社殿や装飾に光が反射し、輝いて見えると書かれた記事があった。けれど、私が感じていた明るさは、それとは少し違っていた。

晴れた日も曇った日も、日中なのに、なぜか「あれっ?」と首をかしげてしまう。気になりながらも、なかなかお参りする機会がなかった神社だった。

そんな折、高野山東京別院の明神社には、高輪神社の御祭神が祀られていると知った。

「それなら一度お参りしてみよう。」

そう思い、初めて訪れてみた。

さぁ、どうぞご覧あれ。光降り注ぐ神社を!

高輪神社の入口

……な〜んてね。(笑)

スマートフォンのカメラによるフレアではあるけれど、場所や角度を変えて撮っても、こんなふうに写ってしまう。

レンズのいたずらだと分かっていても、私には神々しいほど明るい雰囲気を放っているように感じられた。

立て看板に記された御祭神を見たとき、少し戸惑った。

高輪神社 御祭神

そこには、高輪神社の主祭神として宇迦御魂神(うかのみたまのかみ)、すなわち稲荷大神のお名前が記されていたからだ。

実は、これまで私は稲荷神社へお参りすることから、少しずつ足が遠のいていた。理由を聞かれても、自分でもうまく説明できない。ただ、なんとなく足が向かなくなっていたのである。

少し緊張しながらも、

「どうぞ、宇迦御魂神様に、お参りから足が遠のいていたことが悟られませんように」

そんなことを心の中で願いながら、鳥居をくぐり、階段を上った。

境内に入ると、正面には拝殿、その奥にはご本殿が鎮座し、左手には手水舎がある。

すでに、三組ほどの参拝者の姿があった。

境内はこぢんまりとしているが、手入れが行き届き、清潔でとても爽やかな空気に包まれている。

一方で、私には、どこか馴染めない雰囲気も感じられた。

高輪神社の歴史をたどる

高輪神社は、明応年間(1492年〜1501年)に創建されたと伝えられる歴史ある神社である。以来、高輪一円の総鎮守として、人々の信仰を集めてきた。

江戸時代、この地域は東海道沿いの要所として発展していった。現在、高輪神社の前を通る第一京浜は、かつての東海道の道筋にあたる。

高輪神社は、こうした街道を行き交う人々や地域の人々に信仰されてきた。弘化2年(1845年)の大火で社殿などを焼失したが、その後再建され、現在の社殿は昭和55年(1980年)に造営されたものである。

三柱の神様がお祀りされる高輪神社

御本殿には、三柱の神様がお祀りされている。

現在の高輪神社の境内には、もともと稲荷社(宇迦御魂神を祀る社)があり、その左右には太子堂と庚申堂が並んでいた。

庚申堂では青面金剛が祀られていたが、明治時代の神仏分離後、猿田彦神を祀る境内社「猿田彦神社」へと改められたと伝えられている。

その後、猿田彦神は本殿に合祀され、現在では宇迦御魂神、誉田別命とともに、高輪神社の御祭神の一柱となっている。

宇迦御魂神(うかのみたまのかみ)

高輪神社の主祭神である宇迦御魂神は、稲荷大神として広く信仰されている神様である。

稲をはじめとする五穀豊穣や食物を司る神様で、古くから人々の暮らしを支える豊かさの神として崇敬されてきた。後には、商売繁盛や家内安全を願う神様としても人々に親しまれるようになった。

なお、稲荷社でよく見られる狐は、宇迦御魂神そのものではなく、神様に仕える神使(しんし)または眷属(けんぞく)とされている。

誉田別命(ほんだわけのみこと)

誉田別命は、第15代応神天皇の御神霊とされ、八幡大神として広く崇敬を集めている。

八幡信仰の総本宮である大分県の宇佐神宮をはじめ、全国各地に八幡社が広がっている。古くから国家安泰や厄除け、勝運、家運隆昌の神として、人々の暮らしの中で信仰を集めてきた。

猿田彦神(さるたひこのかみ)

猿田彦神は、天孫降臨の際に道案内をした神として知られている。

そのことから、道を開く「導きの神」として、人生の節目や新たな道へ進む際の守護、交通安全の神として信仰されている。

聖徳太子を祀る太子宮

ご本殿左手には、高輪太子宮があり、聖徳太子をお祀りしている。

聖徳太子は、飛鳥時代の皇族で、一般に厩戸皇子(厩戸王)として知られる人物である。仏教の興隆や寺院建立に関わったことで知られている。後世には、その建築との関わりから、大工や職人の守護として信仰され、技術の向上や仕事の安全を願う「太子講」も広まった。

高輪神社に残る石碑と石造物

高輪神社の境内には、いくつもの石碑や石造物が残されている。

江戸時代、東海道沿いの要所として発展したこの地には、多くの旅人や地域の人々が行き交っていた。神社に佇む石碑や石塔は、単なる古い石ではなく、そうした人々が寄せた祈りや奉納の思いを今に伝える証でもある。

境内にある「皇太子殿下御降誕記念」と刻まれた石碑も、その一つだ。当時の人々が抱いた喜びや敬意が、静かに刻まれている。

参拝から広がる気づきとご縁

まず、ご本殿に手を合わせた。

神様には、すべてお見通しなのだろう。そう思いながら、高野山東京別院のご縁で、こちらへお参りに来させていただいたことをお伝えした。

すると、ある姿が心に浮かんだ。

緑色の地に金糸の刺繍が施された古い時代の装束をまとった、年老いた男性の姿だった。目を細め、目尻を下げながら、どこか恵比寿様や大黒様にも似た、優しく温かな微笑みを浮かべていた。

「あぁ、怒られていなくて良かったぁ」

そう思った瞬間、少しだけ緊張がほどけた。

そして、太子宮で手を合わせた。

最初に感じていた、どこか馴染めないような空気。

私の中で聖徳太子様といえば、奈良の法隆寺だった。これまで、身近な場所で聖徳太子様に手を合わせる機会が少なかったため、新鮮な驚きを覚えたのだ。

けれど、少し前から聖徳太子様のことが気になっていた。寺社巡りをしている知り合いとの会話でも、ちょうど聖徳太子の話題が出たばかりだった。

「すごい。こんなところで繋がるなんて!」

そう思わずにはいられなかった。

その後、家に戻り、改めて高輪神社や、参拝を通して浮かんだ疑問について調べてみた。すると、そこにはいくつもの気づきがあった。

例えば、「稲荷神社は願いを叶えてくれるけれど、見返りを求める神様である」というような話も耳にすることがある。しかし、それは一部で語られてきた俗説であり、稲荷信仰そのものを表すものではないことも知った。

日本には、八百万の神々や、数多くの仏様が存在する。

古来より、人々は神仏を暮らしの中に感じ、祈り、願い、心の拠り所としてきた。

願いが叶った時には、日頃の感謝と共に、その喜びやお礼を報告する。それは、神仏とのご縁を大切にする習わしでもあった。

では、今の私たちはどうだろうか。

願いを伝えることばかりになって、感謝を伝えることを忘れてはいないだろうか。

いつの世も人は願うことに一生懸命になり、感謝を伝える心を忘れてしまうことがある。私には、人が感謝を忘れないための戒めのようにも思えた。

そして、さらに驚いたことがあった。

参拝した時、心に浮かんだ姿は、どこか恵比寿様や大黒様に似ているように感じていた。けれど、その時の私は知らなかったのだが、高輪神社の境内には、恵比寿様や大黒様の像も置かれているという。

「もしかして、私が心に浮かべたお姿は、恵比寿様と大黒様が重なったような姿だったのかしら。」

そう思うと、不思議なご縁を感じた。

高輪には、さまざまな時代の歴史を味わえる建物や名所が点在している。高野山東京別院や泉岳寺などとあわせて歩けば、歴史や文化に触れながら、高輪の街歩きを楽しむことができる。ぜひ、ゆっくりと歩いてみていただきたい。

※高輪神社とのご縁を知るきっかけとなった、高野山東京別院「明神社」の記事はこちら

基本情報・アクセス


高輪神社
■所在地:東京都港区高輪2-14-18
■アクセス:
▪都営浅草線・京急本線「泉岳寺駅」徒歩約3分
▪JR山手線・京浜東北線「高輪ゲートウェイ駅」徒歩約6分
■開門時間:境内自由
■拝観時間・祈祷:祈祷などの詳細は、東京都神社庁の紹介ページをご確認ください
■東京都神社庁の紹介ページ:
http://www.tokyo-jinjacho.or.jp/minato/3021