東京国立博物館で開催された『特別展 百万石!加賀前田家』へ。国宝『日本書紀』や天下五剣・大典太光世、そして思いがけないご縁との出会いを綴ります。

以前から気になっていた『特別展 百万石!加賀前田家』。
閉幕まであとわずかとなったこの日、ふと思いついて向かった。
会場は、東京・上野の東京国立博物館。
会期終了が迫っていることもあり、さぞ混雑しているのだろうと覚悟していた。ゆっくり鑑賞できなくてもよい。せめて、その雰囲気だけでも味わいたいと思った。
11時過ぎに到着。実際、当日券売り場には人だかりができている。

購入時に表示されていた入場制限は「0」。
ひとまず安心したものの、油断はできない。チケットを手に、平成館へ向かった。

平成館の前に人が並んでいない。
これは期待してよいのか。

今回は会場に入って右手にあるトイレを済ませ、100円(返却式)のロッカーに荷物を預ける。ポケットに入れたのは、チケットと携帯電話、それからクレジットカードだけ。
いざ出陣。
第1会場の入口。
照明が落とされ、館内は薄暗い。
思わず足が止まった。
一気に、戦国時代へ。
正面には大きな梅鉢紋。
その下で、黄金の兜が天へ向かうようにそびえ立つ。そして鎧が厳かに輝いている。
さらに一歩進む。
そこに展示されていたのは、前田利家が徳川家康を迎えた際に着用したという陣羽織。
ふと考えた。
ということは、この展示の入口は、前田利家が来場者を出迎える場面として演出されているのだろうか。
正面の鎧兜。
そして、その先にある陣羽織。
なれば、なかなか粋な演出である。
されど、ここから先は幾重もの人垣。
列はなかなか進まない。
右手には歴代当主の鎧兜がずらりと並び、
左手の壁一面には見事な陣羽織が掛けられている。
中央には、鎧や兜が細部まで繊細に描かれた軍装図録。
圧巻である。
ただ、観ているうちに三つの思いが浮かんできた。
一つは、少なくとも今、目にしているものは戦で使われた品々だということ。
このような武具で、どれだけの命が守られたのだろうか。
二つめは、これらの武具を作った人たちのこと。
武具は男性の職人かもしれない。
では、陣羽織はどうだろう。
見事で、センスが光る陣羽織を仕立てたのは誰か。
奥方や女性たちが、無事や勝利を祈りながら、一針一針縫ったのであろうか。
最後は、これらの品々を今日まで伝えてきた人たちのこと。
修理を重ねたものもあるだろう。
それでも、よくぞここまで美しい状態で保管し、維持してこられたものだと感心せずにはいられなかった。今、こうして目にすることができるのは、その人たちのおかげである。感謝が自然と溢れてきた。
会場を中へと進んでいく。
一列目は人で、みっちり埋まっている。
私は二列目、三列目から、人の頭越しに展示を覗かせていただく。
人だかりが出来ていた。
どれどれと目をやる。
暗闇に浮かび上がる、黒い漆の箱。
花をかたどった螺鈿と金細工。
美しい、では済まされない。
これは、「もしや?」と思い説明文に目をやる。
ふふふ、ご縁ですね。
以前、根津美術館で観た、在原業平ゆかりの八橋と燕子花を題材にした『八橋図茶箱』である。
在原業平は、いつの世も大人気なのですね。
さらに歩みを進めていくと、たまに、ぽっかりと人のいない空間ができた。
そんな時は、すかさず一列目へ。ここぞとばかりに見せていただいた。
不思議なのだが、そんな時に限って、国宝や重要文化財をゆっくり拝見することができた。
「茶皺韋包糸巻太刀」。
天下五剣のひとつである国宝、大典太光世である。
刀剣に詳しくない私は、説明文を読んで初めて知った。
足利将軍家から豊臣秀吉を経て、前田利家へと伝わった名刀なのだという。
なぜか堂々とした趣きがある。
しかも、神がかった輝き。
後で調べてみると、この名刀にはやはり逸話があった。
当時、大典太光世は豊臣秀吉のもとにあった。
前田利家の娘、豪姫の病はなかなか治らず、人々は「狐憑きではないか」とまで噂したという。そこで利家は、霊力があると伝わる大典太光世を秀吉から借り受け、豪姫の枕元に置いた。すると病は回復したという。ところが刀を返すと再び病み、また借りると快方に向かう。その繰り返しを見かねた秀吉が、最終的に前田利家へ大典太光世を与えたと伝えられている。
なるほど、頷ける。
その名刀の横には、赤漆に金の平蒔絵で龍が描かれた大小の鞘が並ぶ。
重要文化財『朱塗雲龍蒔絵大小』である。
さらに進んでいくと、
茶の湯で使う道具が展示されている。
まず目に飛び込んできたのは、赤い漆塗りの丸盆。
その上には、茶道具の格付けにおいて最上位とされる「大名物」。
重要文化財『唐物茄子茶入 銘 富士』が静かに置かれていた。
そして、その傍らには千利休がこしらえたという茶杓。
戦国武将たちが愛した茶の湯の世界が広がっていた。
極めつけは、国宝『日本書紀』だ。
まるで何事もないように、さらりと展示されている。
私は思わず、「日本しょ……えっ?日本書紀って書いてありますけど?」と二度見した。
ホント?
嘘でしょう?
本当に?
と、何度も説明文と目の前の『日本書紀』を交互に見つめてしまった。
世が世なら、このようなことはあり得ない。
「日本書紀」は、漢字がつらつらと並んでおり、残念ながら読むことができない。所々に小さくカタカナが振られている。平安時代には、すでにカタカナ文字があったことにも驚く。
また、目を先にやると、私は存じ上げなかったが、国宝『水左記』、『北山抄』と続く。
ここまで来ると、気軽な気持ちで来てしまったことを少し後悔した。もう少し予習をして来ていたら。
いま目の前にあるものが、どれほど貴重な史料なのか。そして、どれほど幸運な出逢いだったのか。もっと深く味わえたかもしれない。
終盤は、公爵前田家の展示だ。
私は、ずっと加賀前田家は金沢にあると思い続けていた。
ところが展示を見て驚く。
前田家は江戸時代、加賀百万石として広大な上屋敷を構えており、その場所は現在の東京大学本郷キャンパスの大部分にあたるのだという。
さらに、東大のシンボルとして知られる赤門も、前田家ゆかりの門である。
明治以降は駒場へ移り、現在の旧前田家本邸へと続いていく。まさか東京大学や駒場の歴史と深く結びついていたとは。本当に驚いた。
最後の展示室は、旧前田家本邸洋館の壁紙を再現し、室内に飾られていた品々が展示されている。

最後の最後まで、驚かせるのが上手い。

なんと、シューベルト、モーツァルト、バッハの自筆譜が並ぶ。

そして、16代前田利為侯爵が蒐集した『欧州古銭標本』。

青いインクで書かれたフランス語は、利為侯爵直筆だという。
さらに驚いたのは、ルノアールの『アネモネ』まで所蔵していたこと。

クラクラするほど著名で貴重な作品に、時代を超えて触れることができた。
もう、ここまで来ると驚かない。
加賀百万石の前田家は、そういうお家柄なのだ。
戦国の世から江戸、明治、そして現代へ。
前田家の至宝は、多くの人の手によって守られ、受け継がれてきたのだ。
当時は、家を守り、残すことが何よりも重要な時代だった。
戦に勝つこと。
領地を守ること。
跡継ぎを育てること。
その積み重ねの先に、家の存続があった。
前田家は、まさにその歴史を生き残った「勝者」といえるのではないだろうか。
だからこそ、戦国時代の武具や刀剣だけではない。
茶の湯の道具も。
古典籍も。
洋館を彩った美術品も。
今日まで受け継がれてきた。
そして今、私たちはそれらを目の前で見ることができる。
実は、私はまだ駒場公園にも金沢にも行ったことがない。
加賀百万石のお殿様・前田利家。およそ五百年前の戦国時代。そして金沢。
私にとっては、いずれもどこか「遠い世界」という印象があった。
けれど、この展示を通じて、前田家が東京に拠点を移していたことを知り、金沢も新幹線で一本で行けることを思うと、ぐっと身近になった気がする。一人で勝手に、お近づきになれたような気分でいる。
混雑もあって、堪能しきれなかった展示品もある。きっと、まだまだ語り尽くせない前田家の歴史や、人々の営みが残っているのだろう。
この展示をきっかけに、駒場や金沢にも、ぜひ行ってみたい。
それまでに、もう少し知識も蓄えておこう。
また一つ、新たな視野を広げる扉が現れたのだから。
歴史を紡ぎ、守り、受け継いできた人々に思いを馳せながら。
そして、思いがけないご縁に、ありがとうを添えて。
※前田育徳会創立百周年記念 特別展「百万石!加賀前田家」の詳細はこちらです。
東京国立博物館 - 展示・催し物 展示 平成館(日本の考古・特別展) 前田育徳会創立百周年記念 特別展「百万石!加賀前田家」