東京・アーティゾン美術館で開催中のモネ展を訪れた体験と、モネとの個人的な記憶を綴ります。
JR東京駅で降りる。
八重洲中央口を出て、
目の前の大通り、
外堀通りの横断歩道を渡る。
高層ビルの合間を北へ。
さらに、
次の横断歩道を渡ると、
青空を映す、
ガラス張りの建物。
アーティゾン美術館だ。

入口には
大きなモネの絵のポスターが、
静かに迎えてくれる。
「当日券完売」
チケットの予約は、必須だ。
私は、
一ヶ月以上前、
オンラインで、
14時30分からの回を予約。
友だちと待ち合わせて、
会場へ入った。
天井が高い。
一階と二階は吹き抜け。

一面の窓ガラスからは、
柔らかな光。
その開放感が、
なんとも心地よい。
ロッカーは、二階フロア。
スーツケースなどの大型荷物は、
展示室入口近くで、
スタッフに尋ねるとよい。
また、
無料でイヤホンガイドも聴けるので、
携帯電話とイヤホンを持参するのも、
おすすめだ。
ところで。
私とモネの作品との出逢いを、
一つ。
小学高学年の頃。
父のお土産は、
小さなモネの絵だった。
『印象・日の出』
けれど、幼い私には、
その絵の良さがわからなかった。
オレンジ色の、
まるい太陽だけが妙に鮮やかで、
そのほかは、ぼやけている。
なんて雑な絵なんだろう。
そう思った。
好きにはなれなかった。
だからといって、
捨てることもできず。
飾ることもできず。
ただ、
目の届かない場所へ、
そっと、
しまいこんでしまった。
あれから、
およそ30年。
ロンドンで七ヶ月。
そして、パリへ。
数日間の一人旅。
そこで私は、
正真正銘、
本物のモネと対峙した。
ロンドンの、
ナショナル・ギャラリーでは、
太鼓橋が描かれた、
『睡蓮の池』を。

2007年、ロンドンで購入した一冊の画集とお土産品。
パリの、
オランジュリー美術館には、
『睡蓮の部屋』と呼ばれる、
二つの楕円形の展示室がある。
白い壁には、
それぞれ四枚ずつ。
全部で八枚の、
巨大なパネル。
高さ二メートル。最長十七メートル。
ジヴェルニーの庭の池。
一日のなかで
移ろいゆく光を、
そっと、
そのまま、
描き出している。
圧巻である。
もし、
モネと睡蓮がお好きなら、
ぜひ、あなた自身の目で、
パリへ観に行ってほしい。
そして、
オルセー美術館では、
今回、
アーティゾン美術館に
出品されている作品をはじめ、
数々の代表作に、
出逢うことができる。

少し、
寄り道をしてしまった。
東京の、
アーティゾン美術館へ戻ろう。
案内に従い、
エスカレーターで六階へ。
巡りはじめよう……。
ひと、ヒト、人。
進まない。
「ご挨拶」のパネルから、
一枚目、二枚目、三枚目……。
二重、三重の人垣で、
作品が見えない。
すごい人気だ。
後ろから、
隙間を縫うように、
観ていく。
あらっ、
これもモネの絵なの?
そこに並んでいたのは、
あの“ぼんやりしたモネ”とは、
まるで違う。
写実的な絵画たちだ。
遠巻きに、
人波の向こうを追う。
すると。
見覚えのある、
作品が。
『サン・ラザール駅』
駅を行きかう雑踏。そのざわめきを、かき消すように汽笛が響く。
石炭の煙。鉄と油のにおい。
『トルーヴィル、ロッシュ・ノワールのホテル』
潮の香り。海風に、旗がたなびく。
まるで、私もそこにいるよう。
『パリ、モントルグイユ街、1878年6月30日の祝日』
音楽や人々の歓声。
街が、沸き立っているのが、
手にとるように伝わってきそう。
一つひとつの作品の中へ、
まるで、
一人の登場人物のように、
吸い込まれていく。
夢中になっているうちに、
いつの間にか、
友だちとはぐれてしまった。
連絡を取ると、まだ、
六階で作品を観ているという。
友だちを探しつつ、
引き返しながら、
先ほどはゆっくり観られなかった作品を、
あらためて巡っていく。

印象派への、道のり。
1860年代後半。
ルノワールと共に、
光を色で捉える道を探る。
さらに1870年。
ロンドンで、
ターナーの霞む光に衝撃を受けた。
形よりも、
光と空気、その一瞬へ。
モネは、
印象派へと歩み出す。
モネの妻。
アリスは、
パトロン、
エルネスト・オシュデの妻。
夫・オシュデの破産をきっかけに、
モネ、カミーユ、アリス、
そして子どもたち八人は、
奇妙で複雑な、
共同生活を送る。
やがて、
カミーユの死後。
アリスは、
モネの伴侶となった。
モネの晩年。
視界は黄ばみ、
赤と茶が、
滲んでいく。
輪郭は、
ほどけるように。
1923年。
手術ののち、
今度は、
青が、強すぎる。
それでも、
描き続けた。

私のなかの理解として。
印象派は、
生まれては消える一コマを切り抜き、
いま、光や空気を描こうとした挑戦なのかもしれない。
荒いのではなく、
波動のように、微細なもの。
この展示では、
モネの隣にいて、
モネの眼と心を通して、
景色を見ていたような、
時間を過ごしていたような、
そんな感覚になった。
そしてその感覚は、
会場を出たあとも、
しばらく胸の奥に残っていた。
あなたなら、
どう感じるだろうか。
もし、
少しでも心が動いたなら。
その目で、
観てほしい。
モネの、
生きた軌跡を。